第4回 「残業ゼロ」の計は元旦にあり
執筆:松島 紀三男(まつしま きみお) 公開:
年の初めに「残業」習慣の打破を考える
一年の計は元旦にあり、と云われます。一般的に計画や準備の重要性を説いたものと云われますが、「計画倒れ」という言葉もある通り、「残業ゼロ」の計画も、実践に移すのはなかなか難しいものですね。物事(本稿では「残業ゼロ」の計画)がなぜ計画通りに行かないかというと、外的(環境)要因と内的要因に大別できるでしょう。
「残業ゼロ」の実現を阻む外的要因はまたの機会に触れるとして、今回は内的要因について考えてみたいと思います。
1.習慣が「残業ゼロ」達成を阻む
計画がうまくいかない内的要因には、個人を主体として見ると「習慣」と「能力」の2つに大別できるでしょう。残業に関わる「習慣」の典型は、毎日の残業時間数、退社時刻が挙げられます。「能力」の優劣は仕事の生産性に直結し、能力が低ければ残業が多くなり、能力が高まれば生産性の向上により、時短の推進力となります。能力開発は困難を伴うものの、本人の努力により、かなり高めることができます。
やっかいなのは「習慣」の方で、いったん個人の「習慣」ができあがると容易に変えることができません。「習慣」を変更することに強い心理的抵抗、不安やストレスを感じるからです。計画は何らかの形で変革を意図し、変化させる部分を含む場合がほとんどであるので「残業習慣」が「残業ゼロ」計画遂行を阻害する要因となるのです。
よい「習慣」が定着するのは大いに結構なのですが、えてして悪い「習慣」は定着しやすく、いったん付いた悪い癖、習慣ほど、なかなか克服できないものです。過度の飲酒、喫煙、ギャンブルなど、中毒ともいうべき悪しき習慣が身を滅ぼすことはご存知の通りですが「仕事中毒」によって発生する過度の残業もそのひとつと言えるでしょう。「私はワーカホリックではない」「仕事が好きで何が悪いのか」とお叱りを受けそうですが、習慣化した残業時間を減らすことに不安を感じ、必然性のない残業が慢性化している場合は、ワークライフバランスの面でも、コスト 、生産性の面でもメリットをデメリットが上回ることになりかねません。
2.組織の「残業習慣」は「文化」として、より広く、強く残業削減を阻む
主体を職場や組織に拡げると「価値観」や「信念」等の精神的要因が原因となり、外的行動としての「規範」(職場や組織で共有する習慣)を形成します。これらは「組織文化」と総称されますが、いったん職場や組織の「習慣」が「組織文化」としてできあがると、個人の習慣以上に強力に人々の行動変革を規制し、容易に変革できない強固な「残業削減」規制要因となります。職場や組織の「残業削減 」規制要因としては、以下のような要因が挙げられます。
1)「残業」を美徳とする価値観の呪縛
「長時間働くことが美徳」という価値観が浸透していると「組織の理念に反する行動」はとれないと思ってしまう。
2)「残業」を成功要因とする信念体系の呪縛
「長時間働くほど業績が上がる」という信念が浸透していると「残業削減すると業績が落ちる」と不安になる。
3)良心的逆説行動
お互い残業をしたくないのに「あの人もがんばっているから」と、上司や同僚、部下のために、相手のために良かれと思い残業してしまう(「付き合い残業」等)。
4)職場集団からの疎外の恐れ
「自分だけ早く帰ると仲間はずれにされるのではないか」という心理が働く。
5)評価への恐れ
「残業をしないと上司や組織からの評価が下がるのではないか」と不安になる。
3.立ち止まって「残業」の流れを変えてみよう
いったん決まった川の流れは、水流で底が深掘りされて固定化していきます。動き出した船や車は、慣性の働きにより、急に方向を変えることが難しくなります。「残業」という流れも毎日仕事が動いている状態では、急に変える、「残業」を減らすことは難しいものです。いわゆる「わかっちゃいるけどやめられない」という状態です。また「残業」に限ったことではありませんが、人間は多忙な状態に身を置くと安心すると同時に、仕事を見直すという意味では思考停止に陥るものです。これをアクティビティトラップ(多忙さの罠)と云います。
そのため悪い「残業」という慣性、惰性を断ち切るためには、立ち止まって自分の働き方、職場や組織の仕事のやり方を見つめ直すというプロセスが不可欠です。自動車を止めないと、点検や修理ができないのと同じです。
年末年始の冬休み、年初の仕事始めは、「残業削減」に限ったことではありませんが、立ち止まって考えるという点では、なかなかよい節目ではありませんか。
そういう意味では「残業ゼロ」の計も元旦にあり、と考えます。この機会にご自身、職場や会社の「残業」のあり方について見直してみてはいかがでしょうか。
→ コラム一覧に戻る











